ミュシャの代表作を生み出したJOB社の広告戦略

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「煙草は完璧な快楽というものの最高の例である。それは、極上の一服でありながら、完全には満たされないままだ。

しかし、これ以上何を望もうというのか。」

 

とは、19世紀末の退廃的な世界観を耽美に昇華した、かの作家オスカー・ワイルドの言葉。

彼は、自身の文筆活動とともに身なりや作法にも徹底的にこだわった「ダンディ」です。

そして当時、ダンディな社交界の紳士に必須だったアイテムが葉巻や煙管などを含む煙草類でした。

喫煙に対する規制が増しつつも、今や日常にありふれた存在となっている煙草ですが、

どのような変遷を経て世界に伝播していったのでしょうか。

 

最大の転換点は、遡ること1500年代の大航海時代。

十字軍によるイスラム諸国への遠征やインド交易を通じ、異文化に触れたヨーロッパ諸国は、

さらなる知見を広げるため、そして特に価値の高かった香辛料を直接手に入れるため、広い海原へと命懸けの航海に出かけました。

当時、地球が球形であるという事実さえきちんと証明されていない時代。

しかし、彼らは冒険心と大志を胸に出発し、その多くが苦難の末、遠く南米大陸に辿り着きました。

黄金の国ジパングを目指して出発したコロンブスは1492年、サンサルバドル島に到着。

先住民族への敬意と友好のしるしにとスペインより持参した贈り物をまず献上し、

その返礼にと先住民族がコロンブス一行に差し出したものが、彼らが神聖な儀式や風習で用いる乾燥した草の葉、いわゆる煙草でした。

 

コロンブスが穀物などとともに持ち帰った煙草は、新大陸原産の産物として国王に献上され、

以降、ヨーロッパの王侯貴族や特権階級の嗜好品、あるいは医薬品として重宝されました。

 

先住民族に煙草の吸い方を教わる西洋人
先住民族に煙草の吸い方を教わる西洋人

 

限定的であった喫煙文化が世紀を経て徐々に変わってきたのが19世紀の初め。

産業革命の活況に沸くヨーロッパでは、喫煙器具類の機械化が実現し、

その依存性や鎮静効果の高さもあり、煙草は一般市民が手軽に楽しめるものへと浸透していきます。

 

しかし、工業化が進んだといえども、現代のような紙巻煙草がなかった当時。 

人々は自分で裁断した紙に、刻んだ葉を筒状に巻いた煙草を各々作っており、

この喫煙文化の将来性と"巻紙"に着目したジャン・バルドー(Jean Bardou 1799-1852)は1838年、

自分で裁断する手間が省けるようあらかじめカットされた巻紙を持ち歩きに便利な小型の箱に入れて販売。

上質のライスペーパを用いたこだわりで、現代まで生産を続けるロングセラー商品になりました。

 

ジャン・バルドー
ジャン・バルドー

 

発売当初は現在親しまれているJOB=ジョブという社名は存在せず、単にジャン・バルドーのイニシャルJBと称されていました。

やがて社のロゴ制作のためJBの間に星型☆や、故郷ペルピニャンの紋章を入れるなど模索を繰り返し、

最終的にダイヤモンド形♢を加えた「J♢B」というロゴに決定。

次第に、大衆の間で♢をOと読むJOB=ジョブの通称で呼ばれるようになり、

バルドーは1849年ジョブ社の名で正式に特許を取得しました。

 

しかし、ワイルドに煙をくゆらす煙草の消費者はまだ男性が中心だった時代。

そのイメージを覆すため、JOB社は息子ピエールの代になると、女性をターゲットの顧客層に加えた新しい宣伝方法を発案します。

 

その宣伝方法とは、顧客の大半であった男性像ではなく、”優雅に一服する美しい女性像”をあえてテーマにしたヴィジュアル広告。

アルフォンス・ミュシャやジャーヌ・アトシェら当代一流の画家を起用した斬新かつ大胆な戦略は、

社の売上に貢献したばかりでなく、ポスター広告に新しい産業性と芸術性をもたらしました。

これらの広告はまた、グラフィックデザインの先駆けとして現代の広告業界にも大きな影響を与えています。

 

ミュシャ(1897年制作)
ミュシャ(1897年制作)
ミュシャ(1898年制作)
ミュシャ(1898年制作)

アトシェ(1889年制作)
アトシェ(1889年制作)
C.モーリス(1889年制作)
C.モーリス(1889年制作)

 

女性の購買欲上昇をも期待したJOB社の狙いは的中。

街中に貼りだされた広告は高い反響を呼び、パリジェンヌたちはミュシャらの描く蠱惑的な女性に憧れ、

洗練された大人の女性が持つ趣味の一つとして自ら煙草に火を付け始めました。

 

次々と傑作ポスターを生み出した同社は更なる販促活動のため、それまでJOB社が出した広告の中から人気の図柄を刷ったポストカードを発行。小さなポストカードサイズに印刷することで、より多くの人がデザインを楽しめるようになりました。

 

シェレ(1896年制作)
シェレ(1896年制作)
マクセンス(1903年制作)
マクセンス(1903年制作)
アスティ(1899年制作)
アスティ(1899年制作)

レアンドル(1900年制作)
レアンドル(1900年制作)
ヴィッラ(1907年制作)
ヴィッラ(1907年制作)
マクセンス(1901年制作)
マクセンス(1901年制作)

 

当店では現在、ミュシャがJOB社のために描いた1896年制作のオリジナルポスターや、

シェレやマクセンスら著名画家が手がけた1900年初頭制作のポストカードをお取り扱い。

ポスター同様、当時制作されたポストカードは、世界中のコレクター垂涎のアイテムとして今なお高く取引されている作品です。

 

彼女たちのくゆらす、どこへとも知れずゆるやかに立ちのぼる煙。

それはまるで、気まぐれで妖艶な彼女たちの姿そのもののようです。 

(R・K)

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