クチュリエ神父とマティスが手がけた光の礼拝堂

*このページは移転いたしました。→ https://www.atelier-blanca.com/blog/2016/08/16/matisse-chapelle/

 

こんにちは。
ブログをお読みいただきありがとうございます。
 
屈指の西洋美術コレクションを誇る東京・上野の国立西洋美術館。その世界遺産への登録が先日正式に決定されましたね。
美術館の設計は20世紀を代表する稀代の建築家ル・コルビュジェの手によるもの。
今回の登録では、世界にある17のコルビュジェ建造物「コルビュジェ作品群」が、人類が共有し受け継ぐべき普遍的価値を持つ文化財として認められることになります。
 
さて、今回の登録に含まれるコルビュジェの建造物が、
2つの宗教施設「ロンシャン礼拝堂」と「ラ・トゥーレット修道院」。
 
フランス東部にあるロンシャン礼拝堂は元々、中世の時代から巡礼地の礼拝堂が建っていた聖なる場所。
しかし、第二次世界大戦の際にドイツ・ナチス軍が爆撃で破壊。
戦後、復興の願いを込めて、コルビュジェの設計により再建された新しい時代の礼拝堂です。
そしてこの作品から4年後、フランスのリヨン郊外に聖母マリアを讃えて建造されたのがラ・トゥーレット修道院。
 
実はこの2作品、いずれも、とある神父による計画のもとに誕生しました。
ロンシャン礼拝堂
ロンシャン礼拝堂
ラ・トゥーレット修道院
ラ・トゥーレット修道院

その神父こそ、聖ドミニク会の聖職者であっ
マリー=アラン・クチュリエ神父(1897-1954)。
彼はフランスのロワール地方に生まれ、17歳で第一次世界大戦に従軍。
足を負傷しながらも帰還した後、パリに上京。一時は画家を志しました。
その後、徐々に信仰の世界へと興味を移し、28歳の時に聖ドミニク会の信者になった人物です。
 
彼が聖職者の道を歩みだす前の5年間に携わっていたのが「アトリエ・ダール・サクレ(聖なる芸術工房、の意)」という芸術運動。
"新しい20世紀の教会や礼拝堂建設には、何百年と続くありきたりで因習的な規範を排し、生きた芸術の息吹を吹き込もう"とした運動です。
マリー=アラン・クチュリエ神父
マリー=アラン・クチュリエ神父

聖職者になってからもひそかに持ち続けていた、彼の宗教芸術に対するこの信念こそが
第二次世界大戦で疲弊した人々の未来を照らす、全く新しい時代の宗教建築建造を目指す原動力となりました。
 
この運動を具現化するため、クチュリエ神父は多くの芸術家と深い親交を結び、彼らに斬新な教会装飾を次々と依頼します。
一流の建築家のみならず、内装は当時の気鋭芸術家らに協力を仰ぎ、
「プラトー・ダッシーの教会」や「オーダンクール・サクレ教会」などの傑作が誕生しました。
談笑するクチュリエ神父(左)とル・コルビュジェ(右)
談笑するクチュリエ神父(左)とル・コルビュジェ(右)

 

先にご紹介した「ロンシャン礼拝堂」と「ラ・トゥーレット修道院」も、この時期に手がけた作品。
コルビュジェの名ばかりが注目されがちですが、竣工後約50年を経て世界遺産となったこれらの建造物は、
陰の功労者であるクチュリエ神父の努力がなければ存在しなかったのです。
 
こうしたクチュリエ神父が関わった建造物の中でとりわけ異彩を放つのが、画家アンリ・マティス(1869-1954)とのコラボレーションによる、南仏ヴァンスに佇む「ロザリオ礼拝堂」。
クチュリエ神父からの依頼により建設が決定しましたが、
マティス協力の陰にあったのが一人の若き女性看護師モニクの存在。
 
礼拝堂建設への協力からさかのぼること6年前の1942年。
当時、大病を患い南仏で療養中だったマティスはモニクと出会い、彼女の献身的な介護により、少しづつ体力と創作意欲を取り戻し、二人はやがて強い心の絆で結ばれていきます。
 
戦争を挟み連絡の途絶えた二人が再開したのは数年後。
モニクはドミニコ会に所属する修道女、ジャック=マリーとなっていました。
そんな折に受けたクチュリエ神父、そして心友モニクからの礼拝堂建設への協力願い。

快諾の裏には彼女への恩返しの意味も込められていたはずです。

マティスとモニク
マティスとモニク

 

約4年の歳月をかけ1951年に完成した礼拝堂の特徴の最たるもの。
それは、この修道会が教えを守るカトリックの聖人ドミニコ(1170-1221)や、聖母子、キリストの受難などの題材が、 
極力少なく単純な筆致の線のみにより抽象化されていること。
伝統的な教会芸術では色彩や緻密な線描で情感たっぷりに描かれるのと対照的ですね。
 
また、療養中に始めた切り紙絵から着想を得たステンドグラスにもマティスのこだわりがいっぱい。
青や緑、黄色の色ガラスに透過した外光が礼拝堂内部にキラキラと反射し、厳かな礼拝をより神々しい場所へといざなったことでしょう。
 
教会芸術の常識を覆し、シンプルな表現に芸術家としての個性を求めたマティス。
その魂と禁欲的なカトリック信仰の精神性が調和し、独創的な祈りの空間に昇華されました。
 

 

 

 

 

本日は晩年のマティスが手がけた光の礼拝堂とともに、

20世紀後半の宗教建築を支えた知られざる立役者、

マリー=アラン・クチュリエ神父をご紹介しました。

 

 

※礼拝堂設計時のデッサンをもとに1951年に制作された、マティス直筆サイン入りリトグラフ「聖ドミニクのための習作」(Ed.69/100)。

マティス 版画 リトグラフ 聖ドミニク 修道士 礼拝堂 ヴァンス 南仏 直筆サイン入り
マティス「聖ドミニクのための習作」

(R・K)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

アトリエ・ブランカでは、軽井沢・吉祥寺の直営ギャラリーにて、

アール・ヌーヴォーやアール・デコのガラス工芸をはじめ、 絵画や版画、挿画本、シルバーウェア、

アンティークジュエリー、彫刻・ブロンズ、アンティークカードなど

美術館さながらの見ごたえある作品を販売しております。 

 

アトリエ・ブランカHP

http://www.atelier-blanca.com/


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

←次の記事

前の記事→