カメオ彫刻の歴史<前編>

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カメオ ブローチ ネックレス シェル アンティーク ヴィンテージ

 

まるで細密画を眺めているような繊細で優美な装飾・・・

思わず目がくらんでしまいそうなほどの麗しき芸術性で、永遠に私たちの心を惹きつけて止まないカメオ。

街ではカメオのブローチやネックレスを身に着ける女性たちもよく見かけますね。

 

 

 

 

しかし、カメオが主に”女性用"の装身具として定着するようになったのは1800年代のこと。
カメオを愛好したイギリスのヴィクトリア女王治世下に、女性のファッションアクセサリーとして広がっていきました。
 
こちらの女王の肖像写真にも、胸元にカメオのブローチが下げられています。

 

ヴィクトリア女王
ヴィクトリア女王

カメオの他にも、最愛の夫アルバート公爵の亡き後は40年にわたり
喪章として身につけた黒いジュエリー(流木の化石を用いたジェットが最も有名)が
大流行するなど、当時のファッション・アイコンとしても絶大な力を持っていました。
 
では、ファッション的イメージが生まれるヴィクトリア女王時代より前では、カメオはどんな存在だったのでしょう。

 

 

まずはカメオの定義から。
カメオ(Cameo)とは凸型に陽刻された浮き彫り彫刻のこと。その反対に凹型に陰刻された沈み彫り彫刻はインタリオ(Intaglio)と呼ばれます。
 
物体に陽刻/陰刻を施すそもそものルーツは、実は古代メソポタミアや古代エジプト文明の"印章石"にまで遡ると言われています。(紀元前30世紀頃〜)
当時は重要な法的資料などの記録目的で、円筒形の石に文字や文様を陽刻/陰刻して刻み柔らかい粘土板に捺して残していました。現代のコロコロスタンプに近いかもしれません。

 



 

その後、現代のカメオの原型が誕生したのが古代ギリシャ時代(紀元前6世紀頃〜)。
神への信仰とともに生きた彼らは、天災や人災などから身を守るため
崇拝する神の姿を象った彫刻品をお守りとして肌身離さず持ち歩きました。
女性よりもむしろ男性が持つ必需品で、かつ美術装飾品ではなく宗教的要素が強かったことが大きな特徴です。

 

ゼウス神を象ったカメオ
ゼウス神を象ったカメオ
アテナ神を象ったインタリオ
アテナ神を象ったインタリオ


 

続いて、ギリシャをはじめ周辺諸国を次々と征服していった古代ローマ帝国の時代。
占領地からローマに運び出された戦利品の中には、目を見張るような宝石類がザクザク。
それまで手に入れることの出来なかったアメシストや瑪瑙、オニキスなどの貴石を用い、属州国から連れてきた職人たちに美しく芸術性の高いカメオを制作させます。
カメオの価値はそれまでの宗教的意味合いから一変。貴族や富裕層が権力の象徴として身につける稀少な宝飾芸術品へと進化しました。
英雄ヘラクレスを象ったアメシスト製のカメオ
英雄ヘラクレスを象ったアメシスト製のカメオ
女神ヘラを象ったカメオ(王冠と胸元にルビー)
女神ヘラを象ったカメオ(王冠と胸元にルビー)


 

ローマ帝国の支配が終焉し、キリスト教一色になった中世時代に一度カメオは廃れ、
不思議なことにキリスト教を主題にした当時のカメオはほとんど知られていません。
 
では、忘れられたカメオ芸術を礼賛し、権威を賛美する宝飾品として復興させたのは誰でしょうか。
それは紛れもなく、芸術と文化を庇護しルネサンス文化をおおいに繁栄させたフィレンツェの支配者メディチ家です。
 
「再生」を意味するルネサンス芸術の根本にある"人文主義”。
(神中心のキリスト教世界観に対して、キリスト教以前の世界にあった人間中心の思想)
カメオは、古代ギリシャやローマの古典文明の復興を目指す過程において再発見された、奇跡的な芸術といえるかもしれません。
古代の神話や歴史上の人物が刻まれたカメオは、古典的教養の高かったメディチ家一族の知的好奇心を刺激し、
審美眼に溢れた歴代当主たちは、古代のカメオを熱心に蒐集するのと同時に、当代一流の金工職人や彫刻家に依頼し、最高級のカメオを制作させたのです。

 

<カメオを蒐集したメディチ家>

コジモ・デ・メディチ
コジモ・デ・メディチ
ロレンツォ・デ・メディチ
ロレンツォ・デ・メディチ
コジモ1世
コジモ1世
アンナ・マリア・ルイーザ・デ・メディチ
アンナ・マリア・ルイーザ・デ・メディチ

 

 

 

ところでカメオというと貝殻(シェル)を用いたものがよく知られていますが、サードニクスシェルやコルネリアンシェル、コンクシェルなどの素材が用いられ始めたのはルネッサンス以降のこと。

 

2色の層を持ち、彫りだした際に象牙のような質感を持つ美しいシェルカメオが誕生しました。

17世紀のシェルカメオ
17世紀のシェルカメオ


 

そしてそののち。

歴史は繰り返されると言いますが、ルネサンスに続いたバロック、ロココ文化を経て再び古代ギリシャ・ローマ文化への憧憬が高まった18世紀初頭、新古典主義の時代。

当時、ヨーロッパの覇者となっていたナポレオン皇帝もカメオを深く愛した一人。

ステイタスシンボルとして自らの王冠にたくさんのカメオをあしらい、さらにその芸術性を後世に伝えるため、カメオ彫刻を教える学校をパリに設立しました。

 

ナポレオンの王冠
ナポレオンの王冠

 

こうしたナポレオンの尽力が大きく実を結んだのでしょう。

カメオ芸術は廃れることなくその技術が継承され、その後100年を経ない間にヴィクトリア女王によるファッション・アクセサリーとしてのカメオが誕生。現在においても世界中の人に愛され続ける美術工芸品へと発展したのです。

 

本日は、約5000年の時とともに様々な役割を担い変遷してきたカメオ/インタリオの歴史をご紹介しました。

 

 

 

来月のブログでは、メディチ家の至宝である珠玉のカメオ作品をはじめ弊社取扱の稀少なカメオをご紹介いたします!どうぞお楽しみに。

 

カメオ彫刻の歴史<後編>

メディチ家のジュエリーコレクションは現在東京都庭園美術館に出品中!
メディチ家のジュエリーコレクションは現在東京都庭園美術館に出品中!

(R・K)

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